本コーナーでは、2009年4月にボルヴィック 「1L for 10L」プログラムの支援先であるマリ共和国の現地視察に同行された、日本を代表する“水の活動家”NPO法人Waterscape代表 野田岳仁氏のレポートがご覧いただけます。野田氏が見たマリ共和国を、動画や写真でお伝えしております。

本コーナーでは、2009年4月にボルヴィック 「1L for 10L」プログラムの支援先であるマリ共和国の現地視察に同行された、日本を代表する“水の活動家”NPO法人Waterscape代表 野田岳仁氏のレポートがご覧いただけます。野田氏が見たマリ共和国を、動画や写真でお伝えしております。
マリ共和国から帰国して2ヶ月を迎えようとしている今でも、脳裏に焼きついてはなれないものがあります。それは、過酷な環境にありながらも明るく生きぬく子どもたちの笑顔です。最貧国の一つに数えられるマリ共和国は子どもたちにとって大変厳しい状況にあります。5歳未満児の死亡率約20%は、世界で6番目の高さにあり、その原因となる病気の多くは水に起因しています。国土条件も厳しく、北部にはサハラ砂漠があり、国土の65%は砂漠か半砂漠で大地は赤く乾いていました。加えて、滞在中の気温も50度に迫るような過酷な気候条件。ところが、私たちを歓迎のダンスで迎えてくれる子どもたちの表情にはこうした現実を感じさせない笑顔がありました。
当初の私は、笑顔の裏側にある現実を考えると複雑な想いで、その現実に生身の人間としてすぐに何も解決できない自分の無力さに愕然とする想いさえありました。しかし、現地の生活者の生の声を聞き、本当の課題やニーズと向き合うことで、私の気持ちは変化していきました。子どもたちとは直接言葉は通じないものの、手をつないだり、走ったり、ボールを蹴ったり、遊んだり、言葉を超えたコミュニケーションを重ねるにつれ、自分のやるべき課題が明確になり、子どもたちから大きな勇気をもらうことになりました。
私が見たマリの人々と水とのかかわり方は、私たちがかつて経験してきたものであり、今となっては忘れ去ってしまったものです。しかし、マリの人々のまなざしは、私たちと水との未来を描く 上で、感動すら覚える大変示唆的なものでした。次回より映像を交えながら、私の目に映ったマリの人々と水とのかかわりと「1L for 10L」プログラムの試みをレポートしていきます。そして何より、私が強調したいことは次のことです。
プログラムの支援によってポンプ付深井戸が新設されたジリジャラ村の女性は、新しい井戸によって「人生が変わった」と話してくれました。「1L for 10L」プログラムは、子どもたちの笑顔を増やし、マリの人々の人生を変えることができます。そして、日本の私たちには、「1L for 10L」プログラムを通じて “マリの水問題の未来を変える大きな力”があることをみなさんに強くお伝えしたいと思っています。

カラフルな女性の衣装
今回の視察では7つの村を訪問する機会に恵まれました。それぞれに個性がありながらも、どの村にも私の目を引く共通の光景がありました。それは、活気ある女性の姿です。
「貧しくとも美しくありたい。」と、カラフルな衣装を身にまとい、頭にバケツを乗せ、背筋を伸ばして歩く姿は、大変美しいものでした。水汲み、炊事、洗 濯、掃除などの“水仕事”は女性の役割です。もちろん子どもたちもそのお手伝いをします。そして、井戸や洗い場は男性の立ち入れない女性の空間です。井戸 や洗い場はその利用とともに汚さないよう手入れがなされています。動画をご覧いただければと思いますが、洗濯をする女性の決して無駄にしない水の使い方、 道具を大切に使う姿は、私たちが忘れかけていた大切なことを呼びおこしてくれるはずです。
水汲みをする井戸のまわりでは文字通りの“井戸端会議”が行われ、洗い場では、洗濯をしたり、子どもたちに水浴びをさせ、明るい笑い声が絶えません。“水場”は女性の仕事場であると同時に、村人たちとのコミュニケーションをとる“社交場”でもあるのです。実は、この“社交場”が存在していることがコミュニティにとってとても大切なことなのです。
かつての日本も共同井戸や洗い場がコミュニティの中心的な存在で、人々が集い、社交場になっていました。しかし、近代的な水道が各家庭に導入され 始めると、コミュニケーションの場は消滅していきました。豊かさの象徴であった水道化は、女性の水仕事を便利に、負担を軽減させ、心の充足感をももたらし ました。一方、水道化によって、コミュニケーションの場が少なくなった日本のコミュニティでは人の姿さえも見えなくなってしまったのです。水とのかかわり を探るため各地を歩けば、こんな声が聞こえてきます。「洗い場があった頃は良かった。(水道によって)いまは便利になったけど、家の中に引きこもってばっ かりで足腰も弱くなってしまった。」
コミュニティの活気をつくっていたのは、女性の姿です。“水場”で人に出会えば自然に会話が生まれます。さらに、同じ水を分かち合うことで他者への思いやりが生まれました。顔の見える関係こそがコミュニティの繋がりを強固なものにしていたのです。このマリの何気ない日常の風景は、水とのかかわりの未来を描く私たちに、大切なことを教えてくれています。それは、私たちのコミュニティの未来へも有効な指摘を含んでいるように見えるのです。
ウルネマ村では99年にユニセフとマリ政府の支援によるポンプ付き深井戸が設置され、2002年から村人による自主的な水委員会が運営されています。深井戸ができるまでは、近くのニジェール川に水汲みに行ったり、雨季に水たまりをつくって水を貯めて利用していました。特に乾季は、水を確保することが難しく、水たまりの水がなくなると、村人みんなでさらに穴を深く掘ったそうです。農業用に大量の水が必要な際には、雨を降らせる雨乞いの儀式があったとも伝えられています(イスラム教布教以前)。
水委員会の委員は12人で、そのうち2人は女性です。村人全員(511人)で話し合って委員を選出し、任期の決まりはありません。委員の仕事は無償ですが、村人から信頼されて任される役なので、みな誇らしげに務めています。水委員会の目的は、井戸の自主的な維持管理を持続的に行っていくところにあります。そのため、村人からは、井戸維持管理費用各家庭あたり年間600CFA(=約120円)を徴収し、井戸の修理費や部品の購入費などにあてています。
日常的な水量・水質の管理は、委員によって厳格に行われています。特に、メジナ虫病などの病気が発生していないかについては、マリ共和国の厚生省からのガイドラインに基づき、厳しくチェックされています。加えて、村人たちには、井戸から汲んだ水を家の水がめに入れる際に、虫を取り除くためのフィルターを通すよう教育されています。その効果もあって、2007年以降メジナ虫病は発生していません。
水の使い分けも徹底されています。井戸からの排水や洗濯をする洗い場の排水は、排水路をひいて水たまりをつくり、水を貯めて(汚れを沈殿させて)、日干しレンガづくりに利用されています。
ウルネマ村には、水の使用時間や使用量を制限するようなルールはありませんが、村人はみな、水は貴重であること、村の人の言葉をかりれば“井戸は村の共有の財産”であることを認識しています。水がなければ生活が成り立たないので、自主的な水管理を持続的なものにするために知恵を絞ってきたのです。私が驚いたのは、水委員会とは別に週1回の女性の自主的な集まりがあって、女性みんなで村全体を清掃していることでした。この村でも女性が重要な役割を担っていたのです
私がまぶしく見えたこの村の輝きは、水委員会という持続的な自主管理の仕組み、排水の再利用、村を清掃する女性たちの存在、というマリの人々の水とのかかわりのなかで育まれてきた“知恵の結晶体”にこそあったのです。それは、水管理の仕組みが、村全体を保全していることにもつがっているように見えたのです。

手掘りの井戸の白くにごった水
今回訪問した村の中で最も厳しい環境にあったのは、チャアラ村です。3カ所にある伝統的な手掘りの井戸を村人約630人が、飲用を含めたすべての生活用水に利用してきました。もともと深さ10mほどの浅い井戸であり、利用する人数が大変多いために、2時間汲み続ければ、水は枯れてしまいます。水の色は、ホコリや砂が混じって白くにごっていました。
3年前には、恐ろしい寄生虫病であるメジナ虫病が1件発生しました。近年は、メジナ虫病を予防するために配布されたろ過用のフィルターを使用を徹底することで、メジナ虫病は発生していません。村の人たちは、3年前と比べて状況は改善されていると考えていましたが、それでも依然として、この水によって子どもたちの健康状態もよくありません。
さらに井戸には囲いがないため、過去には9人の子ども(男の子2人、女の子7人)と成人の男性1人が、井戸に落ちてしまったこともありました。水仕事を手伝う子どもたちは常に危険と隣り合わせの状況です。もっとも、この村にとって一番の問題は、人々がこれらの問題のつながりを理解できていないことでした。つまり、水の問題が子どもたちの健康問題の原因となっていることが認識できていなかったのです。なぜなら、きれいな水での生活を経験したことがないため、健康的な生活を想像することができなかったからだと考えられます。このことは、2008年に「1L for 10L」プログラムの支援によってポンプ付き深井戸が新設されたジリジャラ村でも同様でした。しかし、新しい井戸によって、健康的な生活が現実となって初めてそのことが理解できているようでした。
ジリジャラ村では、新しい井戸によって二つの“変化”をもたらしました。
一つは病気がなくなり健康的な生活が実現されたことです。村の人は「井戸ができてから、皮膚の病気、下痢、腹痛など、どの病気も一度もしていない」と話し、ある女性は「子どもの成長が早くなった」と、うれしそうに語ってくれました。私の目からも、この村の子どもは他の村の子どもとは比べられないくらいに肌つやがよく健康的に見えました。子どもたちは毎日水浴びができるようになったそうです。
二つ目は、新しい井戸の水を生活用水に利用できるため、以前利用していた手掘りの井戸の水を家畜の飲み水や農業に使えるようになったことです。この村の家畜は肌色よく、よく太っていました。家畜の数は財産を表すため具体的に聞き出すことはできませんでしたが、家畜の数の変化に、「少しだけ増えた」と答えた村の男性の顔は、満面の笑みでした。きっとたくさん増えたのでしょう。この変化は、現金収入を増やし、暮らしを経済的にも向上させることができます。
加えて特筆すべきは次のことです。夕方になると遊牧民や数キロ離れた他の村から子どもたちが水汲みにやってきます。貴重な新しい井戸はジリジャラ村の人びとが独占するのではなく、その周辺の人たちとも分かち合って利用されているのです。そして、今回の視察では、前述のチャアラ村にポンプ付きの深井戸がつくられる瞬間に立ち会うことができました。
新しい井戸によって、チャアラ村でもジリジャラ村のような「人生が変わる」変化が生まれ、水の問題への理解が深まって、健康的な生活が現実になっていくのです。なにより、子どもたちのあの笑顔が永遠のものになるように、そして、またあの笑顔に再会して“水の奇跡”をしっかりと見届けたい、その夢が私にも加わりました。

この笑顔を永遠のものに
最後に、このマリ共和国での“水の奇跡”は、Volvic 「1L for 10L」プログラムに参加された日本のみなさんの想いによるものなのです。すなわち、日本の私たちには、Volvic 「1L for 10L」プログラムを通じて“マリの水問題の未来を変える大きな力”があることを強くお伝えしたいのです。
今回のマリ共和国への視察から私たちはたくさんのことを教わりました。それは、これまでのレポートで詳しくふれてきた次のことです。すなわち、水を大切に使うまなざし、村を活気づける女性の姿、水の知恵にあふれた自主的な水管理と保全の仕組みです。これらは、日本の私たちの“水の未来”を考える上でも有効である指摘を含んでいました。
さらに私は、今回の視察を通じて、水問題の解決策における重要なヒントを教わりました。現在、水問題の解決にむけて多様な立場から取り組みがおこなわれていますが、それでも、現地の生活者の想いを汲みとった取り組みは大変限られています。しかしながら、深刻な水問題の現場においては、現地の生活者のニーズにマッチしつつ、現地の生活者によってカスタマイズできる策でなければ、有効な解決策になりえないことが分かりました。つまり、現地の生活者自身で主体的に解決できる解決策でなければその有効性は失われてしまうのです。このことは、故障されても修理方法が分からず放置されている井戸の存在、立派な給水施設の設置とともに高額な使用料が現地の生活者の大きな負担(お金が払えず利用できない人もいます)となっている他の村の事例からも明らかでした。
「1L for 10L」プログラムの事例に沿えば、現地の村の清潔で安全な水が欲しいというニーズに、ポンプ付きの深井戸を設置します。さらに、井戸の故障によって放置されることがないように、ユニセフの現地事務所の支援によってメンテナンス方法、故障部品の入手先や確保するための術についての教育もあわせて行われます。このプログラムの10年間の継続的支援後も現地の生活者が自立して、主体的に持続的な利用と管理ができるように考えられています。
この支援策は、現地で支援活動をするユニセフに負う部分が多くありますが、一方で、このプログラムにかかわるすべての人の“想いの結晶体”であると言えます。
「子どもたちの笑顔を増やしたい」、「子どもたちに本当の水の色をみせてあげたい」と情熱を持ちながら、このプログラムを進めるVolvic、ユニセフのみなさんの想い。そして、様々なカタチでこのプログラムにかかわるたくさんの人たちの熱意も加わっています。
そこには、もちろん、「1L for 10L」プログラムに参加された“あなたの想い”もしっかりとつまっています。つまり、日本の“私たちの想い”が、Volvic 「1L for 10L」プログラムを通じて“マリの水問題の未来を変える大きな力”になっていることを心強く、お伝えしたいのです。そして、私たち日本の水の未来も同様に“私たちの想い”にかかっているのです。
NPO法人 Waterscape 代表
1981年岐阜県関市生まれ。清流長良川の水で育ち、10歳から水環境問題に関心を持つ。99年大学入学時に国際青年環境NGOを設立。02年大学を休学し、政府系機関「第3回世界水フォーラム事務局」チーフを兼任。オランダ皇太子ら世界のリーダーと50ヵ国1,500人の若者を集めた「ユース世界水フォーラム」の最高責任者を務め、第6回日本水大賞国際貢献賞受賞。最近は、国内外の水辺を歩き生活者の視点から水問題の解決策を研究し、国連や社会への政策提言活動、企業の社会貢献活動のサポート、子どもたちへのワークショップなどを通じて、水と人のかかわりを次代につむぐ試みを続けている。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。

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|---|---|---|
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| 2007年 | 支援・寄付 結果報告 2007年 | 支援活動視察レポート 2007年 |