支援活動視察レポート 2008年

現地視察団レポート

本コーナーでは、2008年2月から3月にかけて、ボルヴィック 「1L for 10L」プログラムの支援先であるマリ共和国へ2度目の現地視察へ行ったときの様子をリポートします。

「水」がもたらす生活の変化、支援活動の意義

マリにおける「水」の環境は、日本と大きくかけ離れています。私たちが支援活動をしている地区においても、新しい井戸ができるまでは、茶色く濁った水が当たり前のように飲まれていました。1年前に最初に私が現地を訪れた際にはその厳しい状況に、私は驚きとともに大きなショックを受けました。言葉を失いました。日中は49度にもなる灼熱の地で、水は命をつなぐもの。それなのに、とても衛生的とは言えない水を飲んでいる人々を目の当たりにしたのです。しかし、今ではポンプ式の新しい井戸が完成し、彼らは毎日、清潔な水を飲んでいます。それだけでなく、井戸の周りには畑もでき、家畜が増えていました。

さらに、水をとりまく環境は、人々の表情も明るくしました。初めて現地を訪れた時、村の女性たちはほとんど話をしてくれなかったのですが、実は、汚い水ですら手に入らなく、服を洗えず、人に会うことが恥ずかしかったようなのです。今回の訪問では、そんな女性たちも「洗濯もできるし、赤ちゃんの体も清潔に洗ってあげられる」と嬉しそうに話してくれました。そして、今回初めて訪問した支援先でも、水支援の必要性ともたらすものの大きさを実感しました。われわれの支援によって生まれた井戸の周りには、人懐っこい明るい笑顔があふれていました。昨年、このプログラムへと賛同していただいた日本の皆様の想いが届けられたことを実感する場面に数多く遭遇することができました。

まさに水は生活の中心。井戸がひとつできるだけで人々の生活は大きく変りました。清潔で安全な水の提供により、より多くの笑顔を生みたい。昨年からこのプログラムに、多くの日本の皆様が賛同してくれたこの想いに、このプログラムを続けていく意義があるのだと思っています。

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井戸によって変わった人々の生活

「伝統的な手掘り井戸」

以前は茶色く濁ったこの水を、飲み水として使っていました。

「2007年に完成したDjiriDjara(ジリジャラ)村の井戸」

村の人々は、手押しポンプから出るきれいできれいな水を毎日飲んでいます。

「子どもを抱くお母さん」

清潔な水で体を洗えるようになり、子どもの健康状態もよくなりました。

「菜園」

農作物を栽培することで村の人々の食生活も向上。

足を踏み入れた瞬間に分かった、現地の大きな変化

私たちはまず、モプティから車で1時間半ほどの場所にある、DjiriDjara(ジリジャラ)村を訪れました。ここは2007年5月に、パイロットプロジェクトの一つとして井戸を作った村です。新しい井戸が完成したことで、人々の生活はどれくらい変わったのでしょうか?プロジェクトを実施する立場として、私たちはそれをこの目で確かめたいと思いました。村に到着すると、辺りの様子は昨年に比べて活気を帯び、村人の生活が向上しているのがひと目で分かりました。何人かの人に話を聞いてみると、やはり新しい井戸がもたらしたものは多かったようです。

水が与えてくれた、健やかな暮らし

大きく変ったことのひとつは、健康的な暮らしができるようになったことです。この村では以前、地面を手で掘った昔ながらの井戸を使っていました。とても不衛生であったため、水を飲むことで病気になったり、お腹を壊す子どもが耐えなかったそうです。飲んだ時の感触も、異物で口の中がザラザラになるほどでした。しかし、手押しポンプ式の新しい井戸ができ、清潔な水を飲めるようになってから、村人はみんな健康になったといいます。水がおいしい、とみなさん口々に喜んでいました。

「食事がおいしくなった」という声もたくさん聞こえてきました。きれいな水は、村人の生活環境も衛生的にします。体はもちろん、服もきれいな水で洗うことができ、これも体調の改善につながっているようです。あるお母さんの話によると、生後間もない赤ちゃんでも、1日3回、体を洗っているとか。ほこりっぽい生活のなか、衛生状態を保てることで、赤ちゃんはとてもふくよかで元気そう。病気のリスクも少なくなることが期待されます。

農業が可能になり、村の経済も少しずつ改善

もうひとつの大きな変化は、農作業ができるようになったことです。新しい井戸ができ、村人の飲み水が確保できたため、古い井戸の水を家畜の飼育や農作物のために使えるようになったのです。水がなければ農作物が育たないのはもちろん、家畜も水を求めて逃げてしまうのだとか。現在、村の畑ではキャベツ、ニンジン、なす、ししとう、ネギなどが栽培されているそうです。農作業が可能になれば、村人の食生活が豊かになり、栄養状態も改善します。子どもたちの頬が昨年より少しふっくらした気がするのは、そのためでしょうか。さらに、農作物を売って収入を得ることもでき、経済的にも少しずつよくなっているようです。

以上のように、新しい井戸がもたらした水によって、人々の生活環境が見違えるほど変化したことが分かりました。なにより、人々がより明るい笑顔を振舞って、われわれの再訪問を歓迎してくれたことが、プログラム実施者としては大変嬉しく思いました。昨年の1L for 10Lプログラムに賛同していただいた日本の皆様の想いがこのような明るい笑顔を生んだのだと思います。

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Balkinelbi(バルキネルビ)村で知った水支援の必要性と子どもたちの喜び

「井戸を設置中」

プロジェクトによる井戸を設置しているところ。
村人の関心もかなり高いようです。

「バルキネルビ村に井戸が完成」

手押しポンプのついた新しい井戸が完成し、乾季、雨季を問わず、安全に水が得られるようになります。

「完成した井戸の周りで喜ぶ女の子たち」

われわれの訪問時には、井戸の周りで、自然発生的に感謝の意をこめた歌で歓迎してくれました。

たどり着くまでの道のりも険しい、唯一の衛生的な井戸

今回、新しい井戸ができるまで、バルキネルビ村には衛生的な井戸は、村の外に一つあるだけでした。井戸の周りは、畑に囲まれています。7月~9月にかけて雨季を迎えると、辺り一体はしばしば地面に吸収されない水があふれ、畑の周りを取り囲むように川ができるのです。井戸の水を汲みに行くためには、この川を越えていかなくてはなりません。

水を汲みに行くのは、主に女性や子どもの仕事です。水を運ぶこと自体が大変なのに、この時期には川を越えるという過酷なハードルが加わるのです。しかし、水は毎日の生活に欠かせないもの。それでも汲みに行かなくてはなりません。

村で起きた悲しい出来事

このような暮らしの中で、悲しい事件も起こりました。水を汲むために、ある母子が川を渡っていた時のこと。お母さんの話によると、ふと気づけば、4歳になる娘さんがいなくなっていた、というのです。川を渡ることに必死だったため、途中で子どもがいなくなったことに気づきませんでした。すぐに辺りを探したものの、なかなか見つからず、やっとその姿に出会えた時には、すでに息絶えていたそうです。新しい井戸が完成するまで、この村では、水を汲むことが、時に命に関わることだったのです。

長時間の水汲みから解放され、ゆとりのある時間を持てるように

村の人々は、プロジェクトによりポンプ式の新しい深井戸が完成することを、心待ちにしていました。彼らの生活にとって重要な課題であった、水をめぐる問題が大きく改善されたのです。

これからは、雨季でも危険を冒すことなく、水を汲めるようになります。きれいな水を飲めるようになれば、村人の健康状態も改善することでしょう。先ほども少し触れましたが、マリでは、水汲みは女性と子どもの仕事です。重い水を抱えながら、井戸と家を往復するのは大変なこと。中には1日に10回、水を汲みに行くという女性もいました。7歳の頃から水汲みの仕事を託され、現在15歳という彼女の家は、総勢25人の大家族。そのため、水汲みだけで1日が終わってしまい、洗濯などほかの家事をする時間もままならなかったそうです。

しかし、新しい井戸ができれば誰もが今までよりも時間をかけずに水を汲めます。女性や子どもたちは、水汲みの時間が減った分、他の家事や勉強をするなど自由な時間が増えます。清潔で安全な水へのアクセスが容易になることは、女性や子ども達にとってとても大切なことなのです。

われわれの訪問時には、女性や子ども達が井戸の完成を喜んでくれていることを実感できる場面に遭遇しました。子ども達は、完成した井戸の周りでわれわれを囲み、「ありがとう、ありがとう」(フランス語でメルシー、メルシー)と合唱をプレゼントしてくれました。その心から喜んでくれている様子に、この井戸ができたことで、昨年1L for 10Lプログラムに参加していただいた日本の皆様の想いをマリに届けられたのだとの思いを馳せました。

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学校に井戸を作る

「完成した井戸」

きれいな水が飲めるようになれば、水を汲んで帰ることもできます。学校へ通う意欲も高まることでしょう。

「通いたくなる」学校を

マリでは、子どもの就学率が低いことも切実な問題のひとつ。特にモプティ地方では女の子の就学率が男の子より低いです。ユニセフでは男女に関わらず、すべての子どもが学校に通えるよう、「Child Friendly School(子どもにやさしい学校)」をコンセプトに、教育支援プロジェクトを行っています。そこで私たちも、プロジェクトの一貫として、学校に井戸を作ることを支援することにしました。

学校に井戸を作ることにはどんな意味があるのでしょうか?2007年の支援金の一貫として井戸を建設したベセナ小学校で、ユニセフ・マリ事務所スタッフに話を伺い、学校に井戸を作ることの重要性をあらためて確認しました。

水汲みと勉強を同時にこなせる環境を

第一に、井戸があることで、学校へ通う理由が生まれます。前にも少し触れましたが、子どもたちは水汲みに1日の大半を費やさねばならず、学校に通うための時間がとれないという現実があります。しかし、学校に井戸があれば、まず、子どもたちは学校できれいな水を飲めます。そして、帰りに水を汲んで帰ることができます。彼らの親も、子どもを学校へ通わせることにメリットを感じるでしょう。水汲みの時間が短縮されることで、勉強はもちろん、遊ぶ時間が増えることも、子どもたちにとって幸せなことだと思います。

井戸があれば、学校の衛生状態が保たれる

第二に、学校の衛生状態がよくなります。これまでは雨水をタンクに貯めていましたが、確保できる水の量に限界がありました。水が充分にない環境では、トイレのそうじもできず、手洗いをすることもできません。実際、これまで子どもたちは、家や通学途中の池から水を持ってこなければなりませんでした。

学校に井戸ができれば、このような問題もクリアできます。快適に過ごせる環境が整えば、学校へ行こうという気持ちも高まるでしょう。このような点から、学校に井戸を作り、水が使えることは、子どもたちの健康と健康に影響を与えることが期待されます。私たちのプログラム(または支援)によって、一人でも多くの子どもが学校に通い、また通い続けられるようになることを願ってやみません。

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今回の訪問では、学校に通う子どもたちの様子を視察し、
子どもたちと触れ合う時間を持つこともできました。

「ベセナ小学校にて」

ダノンウォーターズオブジャパン社員のボランティアスタッフが学校を訪れ、日本に関する簡単なレクチャーをしたり、子どもたちに絵を描いてもらうなどのレクリエーションを行いました。

「自分の絵を持って笑う子どもたち」

子どもたちの絵はバラエティ豊か。何より、新しい井戸の完成を待ち望んでいる気持ちが伝わってきます。

「学校は楽しい」と思える機会を作ることが大切

まずは、ダノンウォーターズオブジャパンの社員によるボランティアスタッフが、日本について紹介。黒板に世界地図を書き、日本がある場所を聞いてみると、やはり知っている子どもはいませんでした。

その後、たぬき、狐など、動物が登場する日本の歌を、日本語と身振り手振りでレクチャーすると(フランス語通訳が意味を解説)、子どもたちは1回で覚え、なんと日本語で歌ってくれたのです。これには私たちも驚きました。そして、子ども達の輝く瞳に、彼らが学校に通い続けて、輝く将来をつかんでほしいと思いました。

水を通じて描く豊かな生活

子どもたちには、「井戸の水が使えるようになったらしたいこと」についての絵も描いてもらいました。水汲みをしている彼らにとって井戸はとても重要なものであることをすでに実感しています。どの子どもの絵も、井戸の周りに人がいて、野菜を育てたり、料理をしたり、体を洗う姿が描かれています。水は人々の暮らしの中心にあるもの。それがマリの子どもたちにとっての「水のある豊かな生活」なのですね。井戸を作ることで、1人でも多くの子どもとその家族が水のある豊かな生活をおくることができることを確認できました。

輝く瞳のためにの水支援

今回の学校の訪問を通じて実感したことは、子どもの日常生活や学校教育にとって、水はとても大切であり、水の支援が子ども達の現在の生活や、彼らの未来にも重要なものであるということです。輝く目で授業に臨む子ども達の様子を見て、改めて今年も「1L for 10L」プログラムを通じてより多くの子どもやコミュニティーに水の支援を実現したいとの思いが強まりました。

ボルヴィック 「1L for 10L」プログラム リーダー
吉沢直大 記

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梅津研究会 学生視察レポート

ダノンウォータズオブジャパンは、慶応義塾大学・梅津准教授より、CSRの視点からVolvic 「1L for 10L」プログラムに関するアドバイスを頂いております。また、梅津研究会の学生の皆様には、07年より様々な視点から日本における当プログラムの研究を進めて頂いています。その研究活動の一環として、梅津研究会の一部の学生の皆さんには、2008年3月支援先であるマリ共和国へ現地視察へ行って頂いています。

私たちがマリ共和国を訪れた理由

私たち梅津研究会は、2007年6月からこのプログラムを「研究する」という立場で「1L for 10L」プログラムに関わらせて頂きました。マリ共和国に訪問した当時は、就職活動も本格化してきた時期でしたが、そのような中でも私が「マリに行きたい」と思った理由は2つあります。ひとつは、この現地視察自体が人生の中でも貴重な体験になると思ったからです。日本とは異なるマリ共和国という国に実際に訪れることで、自分の立場や生活を客観的に捉え、さらには新たな価値観や視野を養いたいと思いました。また、自分の研究しているプログラムの成果を自分の目で直接確かめたかったのも大きな理由です。見慣れた教室で議論していることが、遠く離れたアフリカで実際にどのような現実となって動いているのか。それを肌で感じることは、私たちの研究の集大成であり、実学の学び方であると感じました。

日本の日常とマリ共和国の日常

日本では普通のことが、マリ共和国では普通ではないことを1番強く感じました。ビルも無ければパソコンも無い。そして水も。しかし、このように私たちの「当たり前」とは程遠い世界だからこそ、私は水の大切さに気付きました。さまざまな村を訪れた際も、村の人々は皆、「1L for 10L」プログラムで建てられた井戸の周りに集まっていました。これは、私たちが来るからということではなく、日常の光景だそうです。井戸がひとつ建ち、清潔で安全な水が手に入るだけで人々は笑顔になれるのです。これは人間だけではありません。ある村の方は、「家畜の牛たちも、以前の井戸を使っている時は逃げ出すこともあったが、新しい井戸が出来て綺麗な水が出るようになると、逃げなくなって井戸に集まるようになったよ」とお話してくださいました。

このような光景を目にして私は、社会貢献とは「世界に偏在してしまった財を、多いところから少ないところに返すことなのではないか」と考えるようになりました。「返してあげる」ではなく単純に「返す」。水も土地も資源も、もともとは世界に偏りなく存在しているはずだった。ですから、それらをたまたま多く持っていたからと言って、わざわざ「社会貢献」と謳って仰々しくやることではない。貢献という言葉を使うにしろ、「~してあげる」というスタンスには私は疑問を感じます。

しかし、そのように自らを犠牲にして他の人間に尽くすことはなかなかできません。だからこそ、40℃を超す荒野を何度も行き来して井戸を回る現地のユニセフスタッフの姿や、「1L for 10L」プログラムに真剣に取り組む方々の姿を見たときは、「社会人」のイメージが覆されたのと同時に、社会貢献のあるべき姿を目にしたように思いました。

マリ共和国の人口との触れ合いを通じて

マリ共和国の人々と触れ合い、私は彼らの人間的素晴らしさや生きる力をとても強く感じました。「1L for 10L」プログラムは、ボルヴィックを買うだけで彼らを笑顔にし、彼らの人生の可能性を広げられます。今後の日本の社会貢献活動においても、このような活動がスタンダードになっていく可能性は大きく、そのためにも「1L for 10L」プログラムは短期間で終わることのない長期的な成功を果たす責任があると、私は感じています。

2008年6月
慶応義塾大学 梅津研究会 学生代表 日高 崇

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